川越観光の定番スポットとして知られる「川越氷川神社」。
縁結びの神様として多くの参拝者で賑わいますが、その歴史は古墳時代まで遡ると伝わる、約1500年の由緒ある神社です。
また2026年(令和8年)5月22日には、川越氷川神社の本殿が国の重要文化財・建造物に指定されました。
2005年(平成17年)の川越氷川祭の山車行事・国重要無形民俗文化財指定とあわせて、祭礼と社殿がともに国の文化財となっている歴史・文化的にも貴重なスポット。
この記事では、川越氷川神社の創建から太田道灌の崇敬、川越まつりの起源、本殿造営まで、川越総鎮守として歩んできた歴史を紹介します。
- 川越氷川神社は古墳時代に創建と伝わる、川越の総鎮守
- 江戸時代に造営された本殿は江戸彫が特徴で、2026年には国指定重要文化財に
- 五柱の祭神に二組の夫婦神が含まれる「家族の神社」から縁結びの神様として信仰
川越氷川神社の見どころや季節ごとの楽しみ方は、以下の記事で紹介しています!

2026年5月、川越氷川神社の本殿が国の重要文化財に指定
1956年(昭和31年)に、県指定有形文化財・建造物に指定されていた、川越氷川神社の本殿。
2026年(令和8年)5月22日には、国の重要文化財・建造物に指定されました。
理由として、文化審議会は「素木の建築に施された意匠に優れる精緻な彫刻が、江戸後末期における装飾社殿の到達点である」と評価しています。
また、本殿の腰羽目(こしはめ)彫刻が、建立当時の川越氷川祭で曳き廻された山車人形を象ったものであり、地域の祭礼文化を建築として象徴している点も高く評価されたとのこと。
2005年(平成17年)の川越氷川祭の山車行事・国重要無形民俗文化財指定に続き、川越氷川神社の祭礼と社殿が一体として国の文化財に位置づけられることとなりました。
詳しくは、川越氷川神社の公式noteに記載されているのでぜひ読んでみてください!
【お知らせ】川越氷川神社本殿 国の重要文化財(建造物)に指定|川越氷川神社公式note
川越氷川神社とは:川越の総鎮守

川越氷川神社は、埼玉県川越市宮下町に鎮座する神社です。
太田道灌が川越城を築いて以降、川越の総鎮守として歴代城主の崇敬を受け、城下の人々からは「お氷川様」の愛称で親しまれてきました。
主祭神は素盞嗚尊(すさのおのみこと)。
その妃である奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)、お二人の御子神とされ縁結びの神様として知られる大己貴命(おおなむちのみこと)、そして奇稲田姫命の両親である脚摩乳命(あしなづちのみこと)・手摩乳命(てなづちのみこと)の、五柱の神々が祀られています。
ちなみに、さいたま市大宮区の武蔵一宮・氷川神社と区別するため、一般に「川越氷川神社」と呼ばれており、川越マガジンでも「川越氷川神社」と表記しています。
参考資料
川越氷川神社の歴史
古墳時代:入間川の霊光伝説により創建

川越氷川神社の創建は、古墳時代の541年(欽明天皇2年)と伝えられています。
正徳年間に記された『氷川大明神縁起』には、欽明天皇の御代、入間川の中で夜ごとに異様な光が現れ、人々はこれを「武蔵国足立郡の氷川大明神の霊光」として畏れ敬い、一社を設けて祀ったのが始まりと記されています。
つまり、武蔵一宮である大宮の氷川神社(さいたま市大宮区)から勧請された分祀であると伝わっています。
また、1948年(昭和23年)には境内から祭祀用の石剣が発掘。
この地で5世紀頃の古墳時代から祭祀が行われていたことを裏付けています。
参考資料
室町時代:太田道灌と川越城築城により城下の守護神へ

室町時代の1457年(長禄元年)、太田道真・道灌父子によって川越城が築かれます。
これをきっかけに、川越氷川神社は城下の守護神・藩領の総鎮守となりました。
太田道灌自身も、川越氷川神社を敬い次の和歌を奉納したと伝えられています。
老いらくの 身をつみてこそ 武蔵野の 草にいつまで 残る白雪
「自分の老いを思うと、武蔵野の草に残る白雪のように、わが身もいつまで残るだろうか」と詠んだとされる、武将・歌人としての一面が偲ばれる一首です。
川越城については、以下記事でも詳しく紹介しています!


参考資料
江戸時代:川越藩主と川越まつりの起源

江戸時代に入ると、川越藩は徳川幕府の重臣たちが治める重要な場所となりました。
そんな江戸時代においても、川越氷川神社は藩領の総鎮守として鎮座。
そのなかでも、川越藩主・松平信綱による川越氷川神社の神事の整備が、今の川越まつりの起源として知られています。
1638年(寛永15年)、川越の町は大火に見舞われ、その大部分が焼失。
翌年に幕府老中の松平信綱が川越藩主に着任すると、城下町の再整備が進められました。

1648年(慶安元年)、松平信綱は川越氷川神社に神輿・獅子頭・太鼓などの祭礼道具を寄進。
江戸の天下祭にならった祭礼を奨励します。
1651年(慶安4年)からは、行列が地域を巡行し、地域住民もつき従ってするように。
これが、現在の川越まつり(川越氷川祭の山車行事)の原点です。
その後、1698年(元禄11年)に踊り屋台が登場。
天保年間(1830〜1844年)には城下の十ヶ町に人形を乗せた山車が登場するなど独自に発展。
2005年(平成17年)に、川越まつりは国の重要無形民俗文化財に指定。
2016年(平成28年)には、ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」にも登録されています。
川越まつりについては、以下記事で詳しく紹介しています!

参考資料
江戸時代:江戸彫の精緻な彫刻の本殿造営

現在の川越氷川神社の本殿は、江戸後期の建築。
川越藩主・松平斉典(まつだいら なりつね)と地域の氏子たちによる寄進で造営されました。
1842年(天保13年)に工事に着手。
1849年(嘉永2年)に工事が完了しました。
当時の川越藩は財政が困窮していましたが、藩主の信仰心や地域住民の寄付によって造営が支えられたと言われています。
本殿の造りは、すべてケヤキ材を使用。
銅の瓦屋根と、お参り用のひさしを備えた伝統的で重厚なスタイルです。
本殿の屋根の上部には三角の飾り、軒下にはカーブを描く優雅な飾りがついています。
そして、本殿の最大の見どころは壁一面の「江戸彫」!
色を塗らず木の質感をそのまま活かした、細かい彫刻は圧巻でした。
なお、川越氷川神社の本殿は、神聖な場所であるため直接拝観することはできません。
2024年の川越まつりの頃には、本殿彫刻の特別拝観が実施されました。
(写真撮影は禁止のため、掲載できる写真はパンフレット以外ありません。)
本殿のより詳しい解説や写真については、川越氷川神社noteで紹介されているのでぜひ見てみてください!
社史-本殿彫刻にみる川越の粋と江戸の技-|川越氷川神社公式note
川越氷川神社の本殿は、1956年(昭和31年)に、県指定有形文化財・建造物に指定。
2026年(令和8年)5月22日には、国の重要文化財・建造物に指定されました。
参考資料
- 県指定有形文化財 氷川神社本殿 付造営関係文書4冊|川越市
- 社史-本殿彫刻にみる川越の粋と江戸の技-|川越氷川神社公式note
- 川越氷川神社本殿 国の重要文化財(建造物)に指定|川越氷川神社公式Instagram
- 氷川神社本殿が国の重要文化財に指定されることについて|川越市
現在:大鳥居の建立や縁むすび風鈴

1990年(平成2年)には、上皇陛下のご即位を記念して高さ15mの大鳥居が建立。
木製の鳥居としては国内屈指の大きさを誇る鳥居。

鳥居の額・看板である、扁額(へんがく)の社号は幕末の幕臣・勝海舟の直筆によるものです。

近年では2014年(平成26年)から始まった夏の「縁むすび風鈴」が川越の夏の風物詩として定着。
2000個以上の江戸風鈴が境内を彩る光景は多くの参拝者を魅了しています。


1500年の歴史を受け継ぎながら、川越総鎮守として川越の祈りの杜であり続けているのが、川越氷川神社です。
境内社・八坂神社|江戸城ゆかりの社殿
川越氷川神社の境内には、もう1つ歴史的に貴重な建造物があります。
境内社の八坂神社(旧・牛頭天王社)です。
この社殿はもともと、1637年(寛永14年)に三代将軍・徳川家光が江戸城二の丸に東照宮として建立したもの。
その後、1656年(明暦2年)に川越城内の三芳野神社の外宮として移築。
1872年(明治5年)の川越城廃城に伴って現在地に再移築。
八坂神社の社殿となりました。
江戸初期の特徴を有する貴重な建築。
そして、江戸城内の数少ない宗教建築の遺構としても価値が高い社殿。
1956年(昭和31年)埼玉県指定有形文化財に指定されています。
川越氷川神社が縁結びの神様といわれる理由

川越氷川神社が「縁結びの神様」として信仰されているのには、明確な由来があります。
それは、お祀りしている五柱の神々が「ご家族」であり、そのなかに二組のご夫婦神が含まれているという点です。
- 素盞嗚尊 と 奇稲田姫命(夫婦神)
- 脚摩乳命 と 手摩乳命(夫婦神/奇稲田姫命の両親)
- 大己貴命(素盞嗚尊と奇稲田姫命のお子様といわれる神様で、出雲大社の縁結びの神様)
このように家族と縁結びの神様がひとつに祀られていることから、古くから「家庭円満・夫婦円満・縁結びの神様」として信仰を集めてきました。

また、「境内の玉砂利を持ち帰り、たいせつにすると良縁に恵まれる」という古くからの言い伝えも。
その言い伝えにちなみ、本殿前の白い玉砂利を巫女が麻の網に包み、神職がお祓いをした「縁結び玉」が、毎月八日・第4土曜日の縁起いい末広がりの八時八分から1日20体限定で頒布されています。
まとめ:1500年の歴史ある川越氷川神社を参拝
ということで、川越氷川神社の歴史について紹介してきました。
古墳時代の創建伝承から、太田道灌の崇敬、松平信綱による川越まつりの起源、松平斉典による嘉永の本殿造営まで、川越という街の歴史と密接に結びついてきたのが川越氷川神社。
こういった歴史を知ったうえでも、ぜひ川越氷川神社を参拝してみてください!
【🏠 住所】
〒350-0052 埼玉県川越市宮下町2丁目11-3
【🚃 アクセス】
– 西武新宿線本川越駅から徒歩25分程度
– JR/東武東上線川越駅から徒歩35分程度
– 東武バス 川越氷川神社で下車
【⏰ 営業時間】
9時00分~18時00分
実際の川越氷川神社の見どころや季節ごとの楽しみ方は、以下の記事でも詳しく紹介しています!












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