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【川越市】仙波河岸史跡公園|新河岸川舟運の終着点、水と緑のなかをウッドデッキで回遊できる歴史公園

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2004年に史跡公園として開園した「仙波河岸史跡公園(せんばがししせきこうえん)」。

新河岸川舟運の最上流の河岸場跡。
河岸場跡・仙波の滝・自然観察湿性地をウッドデッキと遊歩道で回遊できる、住宅街にありながら静かで落ち着いた公園です。

この記事では、仙波河岸史跡公園の歴史やアクセスについてまとめて紹介します。

この記事のポイント
  • 新河岸川舟運の最上流の河岸場跡が2004年に史跡公園として開園
  • 園内は河岸場跡・仙波の滝・自然観察湿性地をウッドデッキと遊歩道で回遊できる
  • 崖上の仙波愛宕神社(愛宕神社古墳)・延命地蔵尊へ散策路で直結
目次

仙波河岸史跡公園とは

仙波河岸史跡公園(せんばがししせきこうえん)は、川越市仙波町にある歴史公園です。

かつて新河岸川舟運の最上流の船着場(河岸場)として使われていた「仙波河岸」の跡地を保存・整備。
2004年(平成16年)5月に開園しました。

川越駅東口から徒歩15分程度。
住宅街を抜けた先に、雑木林と湿地の空間が広がります。
中心市街地に近いとは思えないほど静かで、水と緑に包まれた公園です。

参考資料

仙波河岸・仙波河岸史跡公園の歴史

新河岸川の舟運とは

川越と江戸を結ぶ物流の大動脈だったのが、新河岸川の舟運(しゅううん)です。

1638年(寛永15年)の川越大火で仙波東照宮が焼失。
再建資材を江戸から新河岸川を使って運んだのが舟運の始まりといわれています。

翌年、川越城主となった松平信綱が新河岸川の河道整備や河岸場を開設。
本格的な舟運体制が整いました。

川越からは年貢米やさつまいも、絹織物、酒、醤油などが江戸へ。
江戸からは油、砂糖、小間物、鮮魚などが届けられました。

物資だけでなく江戸の文化もこの水路を通じて川越にもたらされ、川越が「小江戸」と呼ばれるようになった背景のひとつとされています。

仙波河岸の誕生

川越城下の外港として機能していたのは、扇・上新・牛子・下新・寺尾の5つの河岸場。
「川越五河岸」と呼ばれていました。

しかし、川越五河岸から城下町までには、烏頭坂(うとうざか)という坂道が。
そのため、荷馬車の運搬コストが高くつくという課題がありました。

そんななか幕末になると、川越藩の分領であった上野国前橋の生糸が輸出品として大きな利益を生むように。
商人たちはより城下町に近い河岸場を求めるようになります。

1869年(明治2年)、扇河岸から仙波までの運河開削が開始。
1879年(明治12年)に仙波河岸が完成。

愛宕神社の崖下から湧き出る「仙波の滝」の水路を活用し、崖下の低地に船着場が設けられました。

仙波台地を切り通して川越街道までの道も整備。
城下町とほぼ直結する河岸場が実現しました。

仙波河岸は新河岸川舟運で最も上流に位置し最後に開設された河岸場。

仙波河岸の完成により川越五河岸は衰退し、最も近かった扇河岸は廃止に追い込まれました。

舟運の終焉と史跡公園への歩み

1895年(明治28年)の川越鉄道開通、1914年(大正3年)の東上鉄道開通と、鉄道の整備が進むにつれ舟運は徐々に衰退。

さらに1910年(明治43年)の大水害をきっかけに始まった新河岸川の改修工事で水量が大幅に減少。

1931年(昭和6年)、埼玉県から通船停止令が出され、約300年に及ぶ新河岸川舟運の歴史は幕を閉じました。

舟運廃止後、仙波河岸跡は一部が宅地化。
船着場周辺は雑木林の中の湿地として残されました。

この史跡と自然環境を保存・活用するため整備が進められ、2004年(平成16年)5月に「仙波河岸史跡公園」として開園しています。

仙波河岸史跡公園の見どころ

河岸場跡

仙波河岸史跡公園の見どころ、仙波河岸の船着場跡。
細長い池のような形状でかつての河岸場の面影を残しています。

仙波の滝

愛宕神社の崖下から流れ出る湧水を水源とする滝。
昭和中頃まで滝が流れていたといわれています。

仙波河岸は、この仙波の滝を利用して開設しました。

自然観察湿性地・ウッドデッキ

園内には湿性地が広がり、さまざまな植物や野鳥を観察することができます。

ウッドデッキの遊歩道や観察デッキ、観察橋が整備。

湿地帯を間近に歩きながら自然を楽しめます。

雑木林に囲まれた園内は夏場でも木陰が多く、埼玉県の「クールスポット100選」にも選ばれています。

倶利伽羅不動尊

園内には水の神「倶利伽羅不動尊(くりからふどうそん)」の像が祀られています。

崖上の仙波愛宕神社・延命地蔵尊

公園から崖上に続く階段を登ると、仙波愛宕神社へたどり着きます。

仙波愛宕神社は、防火の神「火産霊神(ほむすびのかみ)」を祀る神社。
社記によれば、平安時代に山城国(現在の京都府)の愛宕山より分霊を勧請したと伝えられています。

神社の社殿は古墳の上に。
基壇のある二段築成の円墳で「愛宕神社古墳」と呼ばれ、6世紀中頃に造られたとされる仙波古墳群のひとつです。
川越市の指定史跡でもあります。

境内には松尾芭蕉の句碑もあり、「名月に 麓の霧や 田の曇」と刻まれています。

仙波台地は武蔵野台地の東南端。
かつては眺望がよく月見に適した場所だったことがうかがえます。

愛宕神社の裏手には、1736年(元文元年)に祀られた延命地蔵尊が。

延命と利生を請願する地蔵菩薩で、新たに生まれた子を護り、短命・夭逝の難を免れるご利益があるとされています。
半跏像(足を組んで座る姿)の珍しい形式です。

仙波河岸史跡公園のアクセス

仙波河岸史跡公園のアクセスはJR/東武東上線 川越駅から徒歩15分程度の立地です。

また、仙波河岸史跡公園には、駐車場は5台分、駐輪場やトイレもあります。

川越と江戸を約300年にわたって結んだ新河岸川舟運の最終拠点を今に伝える「仙波河岸史跡公園」。
蔵造りの街並みや時の鐘といった観光の中心エリアからは少し離れていますが、川越が小江戸と呼ばれるまでに発展した物流の歴史を感じられるスポットです。

河岸場跡や仙波の滝、湿性地の自然、そして崖上の愛宕神社や古墳。
川越の歴史に興味がある方はもちろん、観光の合間に静かな散策を楽しみたい方にぜひ仙波河岸史跡公園に寄ってみてください!

仙波河岸史跡公園

【🏠 住所】
〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目21-2

【🚃 アクセス】
JR/東武東上線川越駅から徒歩15分程度

公式ホームページ

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