西武新宿線 南大塚駅のホームに立つと、北側にゆるくカーブしながら延びる不思議な空き地が目に入ります。
これは、かつてここから入間川の河川敷まで約3.2km延びていた「西武安比奈線(あひなせん)の跡」。
1925年(大正14年)に砂利運搬用の貨物線として開業し、1963年(昭和38年)に休止。
その後50年以上「休止線」のまま線路や架線柱が残され続け、令和にようやく正式廃止されたという、異色の経歴を持つ路線です。

この記事では、安比奈線の歴史と安比奈線跡のルートやアクセスを写真付きで紹介します。
- 関東大震災の復興を支えた砂利運搬、半世紀以上休止のまま残された歴史
- 南大塚駅から入間川まで続く約3.2kmの全ルートを写真とともに紹介
- 幻の車両基地計画や朝ドラのロケ地など特徴の多い安比奈線跡
安比奈線とは

安比奈線の基本情報
安比奈線の基本データとしては以下です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 路線名 | 西武安比奈線(あひなせん) |
| 区間 | 南大塚駅 〜 安比奈駅 |
| 路線距離 | 約3.2km |
| 軌間 | 1,067mm(狭軌) |
| 線路 | 単線 |
| 動力 | 蒸気→電気 |
| 開業 | 1925年(大正14年)2月15日 |
| 休止 | 1963年(昭和38年)ごろ |
| 正式廃止 | 2017年(平成29年)5月31日 |
旅客営業は一度も行われておらず、全線が貨物専用でした。
一般の人が列車に乗ることはできなかった路線です。
安比奈の「あひな」と「あいな」:読み方の違い
ちなみに、安比奈線の「安比奈」の読みは西武鉄道では「あひな」とされています。
一方、入間川の対岸にある川越市の地名「安比奈新田」は「あいなしんでん」と読みます。
同じ漢字なのに読みが異なるのは少し不思議ですが、路線名としては「あひなせん」が正式です。
安比奈線の歴史
開業の背景:関東大震災と砂利需要
安比奈線が開業したのは1925年(大正14年)。
1923年(大正12年)の関東大震災からわずか2年後のことです。
震災後の復興には大量のコンクリートが必要でした。
コンクリートの原料となる砂利の需要は急増し、東京近郊の河川では川砂利の採取が盛んに行われていました。
安比奈線は、入間川で採取した砂利を南大塚駅経由で東京方面へ運ぶために、当時の川越鉄道(後の西武鉄道)が建設した貨物線です。
開業当初は「砂利線」とも呼ばれていました。
休止:砂利採取の禁止
約40年間にわたって砂利輸送に使われた安比奈線ですが、過剰な採取による河川環境の悪化が問題となり、1960年代に入ると主要河川での砂利採取が規制・禁止されていきます。
入間川での砂利採取も規制の対象となり、安比奈線は昭和38年(1963年)に事実上の運行休止となりました。
ただし、西武鉄道は正式な廃止手続きを取らず、「休止線」という扱いを続けました。
これが後の長い「放置」の始まりです。
車両基地計画の浮上

休止後も安比奈線が存続し続けたのは、別の計画が浮上したためです。
1987年(昭和62年)、西武鉄道は西武新宿線の複々線化計画を発表。
その一環として、旧安比奈駅の敷地に新しい車両基地(安比奈車両基地)を建設する構想が持ち上がりました。
安比奈線を車両基地への引き込み線として活用し、さらには旅客線化や新駅の設置まで検討されていたといいます。
川越市も安比奈線の旅客線化を総合計画に盛り込むなど、地元の期待は大きかったようです。
安比奈線の正式廃止
しかし、少子高齢化の進行で需要予測が下方修正され、複々線化計画は1995年に無期延期。
2016年2月、西武ホールディングスが「南入曽車両基地の増強により新基地の必要がなくなった」として計画の廃止を正式に発表しました。
この時点で減損損失126億4,000万円が計上されています。
用途を完全に失った安比奈線は、2017年(平成29年)5月31日に正式に廃止されました。
開業から92年、休止から54年が経っていました。
安比奈線のルート:南大塚駅から入間川へ
安比奈線がどこをどう通っていたのか、南大塚駅から終点の安比奈駅まで順を追って見ていきましょう。
南大塚駅

安比奈線は南大塚駅の構内北側から西武新宿線と分岐し、左カーブを描きながら北西方向へ向きを変えていました。
現在の南大塚駅は、1980年(昭和55年)に約100m所沢寄りに移設されたもの。
かつての駅はもう少し本川越寄りにありました。
安比奈線が分かれていくのは旧駅の手前からだったため、現在のホームから見ると分岐点は少し離れた位置にあります。
駅前の線路・踏切跡

駅を出てすぐの区間には、踏切跡にレールの一部が残っています。
線路は住宅地の間を北西方向に進み、やがて国道16号と交差します。
国道16号に向かう線路跡

国道16号との交差部(南大塚3号踏切跡)は、安比奈線で唯一の第1種踏切(遮断機あり)が設置されていた場所です。

駅前から国道16号線まで住宅街沿いに線路跡が伸びています。
なお、安比奈車両基地計画が実現していた場合、この国道16号の地点からトンネルに入りしばらく地下を通る設計になっていたとのこと。
住宅街の区間

国道16号を越えると、入間川街道(国道16号旧道)を横切り、住宅地と畑の間を進んでいきます。
このあたりは地元の生活道路と踏切跡が交差する区間で、いくつかの踏切跡やレール・線路跡が残されています。
線路敷と畑の境界には白い支柱が立てられており、かつての路盤の幅がわかります。

このエリアも住宅街沿いに安比奈線跡がちょこちょこ見られます。
畑の区間

安比奈線跡を追いながら住宅街を抜けると、徐々に畑が広がっていきます。


道路にも安比奈線跡がしっかり残っています。
ちなみに、安比奈線に設置されていた踏切は、国道16号の交差部を除いてすべて第4種踏切(警報機も遮断機もない踏切)だったとされています。




さらに進むとより安比奈線跡がしっかり残ったエリアになっていきます。
葛川の橋梁

住宅街・畑を抜けると、葛川や赤間川など川を渡る橋梁があります。

この付近には小さな用水路を渡る橋梁も複数あり、朽ちた枕木やレールが取り残された姿を見ることができます。

葛川橋梁の先もさらに安比奈線跡が続きます。


葛川橋梁を抜けると、畑と安比奈線跡と並行して歩いていけます。

畑の道によってはかなり近くでレールを見ることもできました。

レールは草むらに半ば埋もれながらも断続的に残っています。
田園地帯



さらに北西へ進むと、周囲は畑と雑木林の風景に変わっていきます。
点在する小橋梁の跡が残った安比奈線跡が見られました。
雑木林の区間

途中の雑木林の区間は、廃線跡のなかでも特に雰囲気のある場所として知られていました。
木々のトンネルの中をまっすぐ延びる線路は、かつて多くの廃線探訪者やカメラマンが訪れた定番の撮影スポットでした。
ただし、現在は立入禁止となっています。

雑木林を抜ける一般道路沿い、雑木林越しに望遠で撮影するとなんとか撮影できました。
たしかにこれはレールのど真ん中で雑木林に囲まれた安比奈線跡を撮影したいスポットですね…。
池辺用水橋梁(八瀬大橋付近)

雑木林を抜けると、県道114号線(川越越生線)の八瀬大橋の取り付け道路と交差。
そして、八瀬大橋のすぐ北側には池辺(いけのべ)用水橋梁が残されています。

この池辺用水橋梁は、NHK連続テレビ小説『つばさ』(2009年)のロケ地に使われたスポット。
それにあわせて観光用に補強整備された遊歩道の名残です。
現在は立入禁止となって通行できません。
ちなみに、県道114号線(川越越生線)は1993年に開通したもので、安比奈線のルートを完全に遮断する形で建設されています。
長年休止線だった安比奈線ですが、この道路の建設時に線路の存在は考慮されなかったようです。
安比奈駅(終点)

池辺用水橋梁から先は、さらに入間川の河川敷に向かって線路が延びていました。
終点の安比奈駅は旅客駅ではなく、砂利の積み込みを行う貨物駅。
かつてはヤードが広がり、複数の側線が分岐していたようです。
入間川の河川敷には、砂利を採取・運搬するための600mm軌間の軌道(トロッコ)も敷設されていたとされています。
現在の安比奈駅跡地は更地で、西武鉄道管理地としてロープで囲われています。
一帯はオフロードバイクのコースにもなっており、コース内にはところどころレールが露出している場所があるようですが、走行中のバイクもあるため近づくのは危険です。
安比奈線と朝ドラ『つばさ』

安比奈線跡は、2009年上期のNHK連続テレビ小説『つばさ』でも使われました。
川越が主な舞台となったこのドラマでは、オープニングシーンに池辺用水橋梁付近の廃線跡が映し出されたほか、劇中でも主人公つばさ(多部未華子)と昌彦(宅間孝行)が線路脇を歩くシーン、竹雄(中村梅雀)がトロッコを押して走るシーンなどが撮影されています。
廃線跡が朝ドラのロケ地になるというのは全国的にも珍しく、安比奈線の知名度を大きく高めるきっかけになりました。
安比奈線の現在と今後

正式廃止後、架線柱は2017〜2018年にかけて撤去されましたが、レールや枕木は一部区間で撤去されずに残されています。
西武鉄道は「レールや枕木、橋桁の撤去は行わない」としており、当面はこの状態が続くとみられます。
跡地の活用については川越市や関係機関との協議が行われていますが、具体的な計画は未定です。
年々、沿線の宅地化が進んでいるため、廃線跡の風景は少しずつ変化しています。
南大塚駅のメモリアルコーナーや、八瀬大橋付近の池辺用水橋梁など、公道から安全に見学できる場所はいくつかありますが、線路敷への立ち入りは禁止されています。
探訪する場合は、公道から眺める形にとどめてください。
安比奈線跡のアクセス・まとめ

安比奈線は、大正の震災復興、昭和の高度成長と砂利採取規制、バブル期の複々線化構想、そして令和の正式廃止と、約1世紀にわたる日本の近現代史を映し出す路線。
南大塚駅から入間川まで約3.2km。徒歩で約1時間程度。
わずかな距離の貨物線ですが、92年間の歴史のなかで「砂利線」「休止線」「車両基地計画」「廃線の聖地」「朝ドラのロケ地」と、その呼ばれ方は時代とともに変化してきました。
南大塚駅を訪れた際は、ぜひ安比奈線の廃線も見つけてみてください。

参考資料
※本記事は公道上から確認できる情報および公開資料をもとに構成しています。











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