蔵造りの街並みや菓子屋横丁が有名な埼玉県川越市。
そんな川越ですが、少し北へ足を伸ばすと川越城ゆかりの史跡が点在するエリアがあります。
現存の本丸御殿を中心に、富士見櫓跡や中ノ門堀跡など、江戸時代の城郭の姿をいまも感じられるスポットが徒歩圏内に集まっています。

この記事では、川越城の歴史と、旧川越城内の史跡を巡るおすすめコースについて紹介します。
- 1457年の築城から江戸時代の大改修まで川越城の歴史をまとめた川越城特集!
- 本丸御殿・三芳野神社・富士見櫓跡・中ノ門堀跡・西大手門跡を徒歩約1〜1.5時間で巡れる
- 電車・車それぞれのアクセスに合わせた巡り方も紹介
1〜1.5時間で巡れる川越市の歴史散策観光プラン!
川越城とは?なぜなくなった?


川越城は埼玉県川越市にあった平山城。
別名「初雁城(はつかりじょう)」「霧隠城(きりがくれじょう)」とも呼ばれます。
「日本100名城」(平成18年選定)のひとつで、関東七名城にも数えられる名城です。
かつての城域は現在の初雁公園から川越市役所にかけての広大なエリアでしたが、明治以降の廃城令で建物のほとんどが取り壊され、現在は本丸御殿の一部と富士見櫓跡・中ノ門堀跡など数少ない遺構が残るのみです。
川越城の歴史
築城(1457年)、太田道真・道灌父子
川越城は1457年(長禄元年)、扇谷上杉氏の上杉持朝が古河公方に備えるため、家臣の太田道真・道灌父子に命じて築かせたのが始まりです。
武蔵野台地の北東端を利用した自然の要害に位置し、石垣を使わず土塁と堀で守りを固めた構造でした。
同じく太田道灌が手がけた江戸城と川越城を結ぶ道が川越街道の原型となっており、両城は軍事的・交通的に一体の防衛線として機能していました。
戦国時代の河越夜戦(1546年)
戦国時代、川越城は激しい争奪の場となります。
なかでも1546年(天文15年)の「河越夜戦」は日本三大夜戦のひとつに数えられる戦いで、川越城を守る北条綱成の8千の兵が、上杉憲政・古河公方連合軍の8万を夜襲で撃退するという歴史的な奇襲戦でした。
この戦いで北条氏の関東支配が確立し、川越の名が全国に轟きます。
江戸時代の大改修(1639年)、松平信綱
江戸時代に入ると川越城は「江戸の北の守り」として重視され、歴代城主には幕府の重臣が多く就いています。
1639年(寛永16年)、「知恵伊豆」の異名を持つ老中・松平信綱が藩主となると、城郭の大規模な改修が行われました。
4つの櫓と13の門、土塁・水堀を張り巡らせた総面積約9万9千坪の近世城郭へと整備され、天守代わりを担う富士見櫓や中ノ門堀もこの時期に整えられたと考えられています。
また、城下町の町割・川越街道・新河岸川の整備も信綱が手がけており、現在の川越の街の骨格はこの時代に形作られました。


本丸御殿の建造(1848年)と廃城
現存する本丸御殿は1848年(嘉永元年)、藩主松平斉典の時代に建造されたものです。
当初は16棟・1025坪の規模でしたが、明治維新後の廃城令で多くが解体され、現在は玄関・大広間・家老詰所のみが残ります。
参考資料
川越城 史跡めぐりコース
旧川越城内に残る5つの史跡を徒歩で巡るコース!
所要時間は見学込みで約1〜1.5時間。
電車でのアクセスと車でのアクセスで、効率のよい順番が変わります。
川越城 史跡めぐりコースの概要
電車アクセスの場合(西→東)
西大手門跡 → 中ノ門堀跡 → 本丸御殿 → 三芳野神社 → 富士見櫓跡
「博物館前」または「札の辻」バス停を起点にすると、西大手門跡から東に向かって自然に流れるルートになります。
車アクセスの場合(川越城本丸御殿を起点に一周)
本丸御殿 → 三芳野神社 → 富士見櫓跡 → 中ノ門堀跡 → 西大手門跡
あぐれっしゅ川越の無料駐車場を起点に外周を一筆書きで巡れます。行ったり来たりがなく効率的です。


1. 川越城本丸御殿


川越城本丸御殿は、川越城唯一の現存建造物。
東日本で唯一、全国でも高知城と並んで2か所しかない現存の本丸御殿です。


館内では家老詰所の人形展示や大廊下、甲冑・槍鞘などの展示を見学できます。
入館料は100円で、日本100名城スタンプもここで押せます。
見学の目安は30〜40分ほど。まず本丸御殿で川越城全体の規模感と歴史を把握してから、周辺の遺構を巡ると理解が深まります。
2. 三芳野神社


本丸御殿のすぐ隣に位置する、「お城の天神さま」として親しまれてきた神社です。
平安時代の大同2年(807年)創建と伝えられ、川越城築城後は城内の天神曲輪に位置することになりました。
社殿は朱漆塗を基調とした権現造で埼玉県指定文化財。
御朱印は川越氷川神社で受け取れます。学業成就・合格祈願のご利益でも知られています。


最大の見どころはわらべ唄「とおりゃんせ」との深いつながり。
城内にあったため一般庶民の参拝は制限されており、七五三の時期などに限り許された参拝の帰りに厳しい取り調べが行われたことが「行きはよいよい帰りはこわい」という歌詞の由来といわれています。
境内には「わらべ唄発祥の地」の石碑が残ります。
川越城本丸御殿から徒歩約1分(隣接)
3. 川越城 富士見櫓跡


川越城 富士見櫓跡は、本丸御殿から南へ徒歩約5分の場所にある、川越城最高所の遺構。
天守を持たない川越城で天守の代わりを担った三重の櫓があった場所で、その名の通りかつてはここから富士山を望めたといわれています。


現在は樹木が生い茂る小高い丘のみが残り、頂上に御嶽神社・富士浅間神社・富士見稲荷の3社が祀られています。
丘の麓には「田曲輪門跡」の石碑も。
1866年(慶応2年)の測量記録によると縦15m・横14mほどの規模だったとされ、埼玉県指定史跡に指定されています。
本丸御殿からは住宅街を抜けて南へ向かいます。こじんまりとしたスポットですが、本丸御殿との位置関係を意識して「ここが城内最高所だったのか」と想像しながら見ると面白さが増しますね。
三芳野神社から徒歩約5分。
4. 川越城 中ノ門堀跡


川越城 中ノ門堀跡は、富士見櫓跡から徒歩約5分。
旧川越城内に残る唯一の堀跡です。
1639年の松平信綱による大改修で造られたと考えられており、西大手門側からの敵の侵入を防ぐために設けられた堀のひとつです。
発掘調査をもとに当初の勾配を復元しており、深さ約7m・幅約18m。西大手門側は30度の緩やかな勾配なのに対し、本丸側は60度の急勾配で、侵入した敵には壁のように切り立って見えた構造になっています。
川越城 富士見櫓跡から徒歩約5分
5. 川越城 西大手門跡


川越城 西大手門跡は、川越市役所前に石碑と太田道灌像が並ぶ、川越城の正門があった場所です。
川越城の表玄関として、江戸と川越を結ぶ川越街道の終点でもありました。
現在は石碑のみが残り、建物の遺構はありませんがここから川越城本丸御殿まで向かうと、川越城の規模感が体感できます。


石碑のすぐ脇に建つ太田道灌像は、川越城・江戸城の築城者として知られる太田道灌を鷹狩りスタイルで表現したもの。右手には「山吹の里」の逸話にちなむ山吹の花を持っています。
電車アクセスの場合はここがコースのスタート地点として最適で、蔵造りの一番街からも近い立地となっています。
川越城 中ノ門堀跡から徒歩約3分
川越城ゆかりの史跡のアクセス・駐車場
川越城本丸御殿への最寄りバス停は「博物館前」(東武バス)か、「本丸御殿」(小江戸巡回バス・イーグルバス)です。
車でのアクセスはあぐれっしゅ川越に無料駐車場があります。


蔵造りの街並みや川越氷川神社から散策して、そのまま川越市役所の西大手門跡から巡っていくのもおすすめ。
川越城の遺構・史跡巡りコースまとめ
日本に2つしか現存しない本丸御殿!川越城唯一の現存建造物


本丸御殿に隣接するお城の天神さま!童謡「とおりゃんせ」発祥の地として知られる


天守代わりの櫓跡!川越城内最高所にある三重の櫓の跡地


急斜面な空堀の跡!旧城内に残る堀跡としては唯一の遺構


川越城の正門にあたる西大手門!現在は市役所前に石碑のみ残る


川越城の本丸御殿、富士見櫓跡、中ノ門堀跡、西大手門跡は、まとめて川越城の遺構・史跡巡りコースとして訪れるのがおすすめ。
本丸御殿→三芳野神社→富士見櫓跡→中ノ門堀跡→西大手門跡という順で歩くと、川越城の規模をひととおり実感できるコースです。


まとめ:川越城の歴史・史跡巡りを堪能!
川越城は建物のほとんどが失われてしまいましたが、本丸御殿・富士見櫓跡・中ノ門堀跡・三芳野神社・西大手門跡と、旧川越城内の史跡は意外と巡りやすい立地。
徒歩1〜1.5時間ほどで巡れるので、蔵造りの街並みや喜多院とあわせて川越観光の半日コースとして組み込みやすいのも魅力です。
「行きはよいよい帰りはこわい」の舞台を歩いたり、深さ7mの空堀を見たり、東日本唯一の本丸御殿に訪れたり…。
史跡めぐりというと少しとっつきにくく感じるかもしれませんが、川越城のコースはエピソードが豊富で飽きません。川越観光の定番エリアとはひと味違う、川越市の歴史散歩をぜひ楽しんでみてください!











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